大町市に魅力を感じ、Iターン・Uターンして地域に根ざした仕事に従事されている
皆さんや、大町市の地域資源を活用した仕事を起業された皆さんを紹介します。

爺ヶ岳山頂より西に種池山荘、北に冷池山荘を望む(※パノラマ撮影による視覚差あり)
大町市を囲む山々の中でも、その特徴的な山容から市のシンボル的な山として市民に親しまれている爺ヶ岳と鹿島槍ヶ岳。この山域で合計3つの山荘を経営するのが有限会社 鹿島槍観光開発です。今回は大町にIターンし、山小屋で支配人として働く冷池山荘支配人の望月一人(もちづきかずひと)さんと種池山荘支配人の原久訓(はらひさのり)さんにお話を伺いしました。
――この仕事を始めたきっかけを教えてください。
望月さん 信州には学生時代から登山やスキーで頻繁に訪れていましたが、中でも長く留まることの多かった山域が鹿島槍でした。それでそのまま居着いて山小屋の仕事を続けるようになりました。大町で山小屋の仕事をやられている現オーナー柏原一正さんの人間性だったり、その親父(柏原正泰)さん、そして長く種池山荘で支配人をされていた竹村昭八さん、そうした山を守って次の世代に伝えていこうとしている先輩たちの姿を見て、この仕事に魅力を感じていったように思います。
原さん 僕が卒業した年というのは就職氷河期で、皆職探しに苦労してました。大学を出て、すぐに職に就く必要はないかなと思って、ちょっと山小屋に行ってみようかって感じで来ました。登山は学生時代からやっていて、大学時代この山域を縦走で通ったので、山荘のことは知っていました。それで、山小屋の募集を探したら載っていたんです。
――山小屋の仕事というのはどんなものですか?
原さん 生活のサイクルとしては、ゴールデンウィーク前の4月20日頃に上がって、一度下りて、6月の頭に再度上がって、8月の終わりには秋休みで5日下りて、その後は10月下旬に閉めるまで山荘で過ごします。
山に上がると、気が引き締まる感じですね。山荘で病人が出たり、クマが出たり、24時間通して何が起こるか分かりません。景色を楽しむ余裕はあまりないですね。水の管理のことや、発電機のこと、火の元の心配など気が休まる暇はないです。
望月さん 2,000メートルを越える稜線で食料や燃料を切らさないようにする在庫管理だったり、ひと冬雪に埋まっていた建物の維持管理、水や電気も用意されているものではなく、春に一から準備し、秋に冬を越せるように閉めて下山するという苦労は昔から変わりません。今はヘリで運搬できるにしても、天候などに左右されます。歩荷の時代ほどではないにせよ、山小屋の仕事には苦労がついてまわります。
各山荘には支配人が一人、それを支えるベテランスタッフが数人。あとは毎年新しく加わるスタッフで、彼らをひと夏掛けて育て上げる感じです。総勢12〜13人です。ちょっとした旅館より大きいですね。100人、200人と宿泊する日もありますから。
原さん 宿泊業ですので、お客さまを不安にさせたり、不快な思いをさせないよう、気を使うことは大事です。スタッフも少ないですから、人材を育てることも重要です。山荘にいるといろんなことが覚えられます。接客のこと、機械のこと、料理のこと。夏の間だけアルバイトで来るスタッフもいますけど、ちょっとのことでも覚えてもらえたらと思っています。
望月さん 最近は山でも携帯電話が使えるので、安易な形での問合せが増えています。非常に重要なことがパッと携帯電話で伝わってくるため、スタッフにはお客さまとの会話の中から、遭難を防ぐために重要な情報を敏感に嗅ぎ分ける能力が求められます。生死に直結する場面に遭遇する職場だと常に意識していなければなりません。それを新人スタッフにどう伝えるか。彼らが見聞きするものの中から重要な情報やアドバイスの糸口を見つけ出せるよう、どう教育していくか。適切な情報提供による遭難予防が山小屋の大事な仕事になってきたと感じます。
――ところで、お二人は、冬場は別のお仕事をしているとお聞きしましたが…
望月さん 爺ガ岳スキー場のゲレンデで、溶岩窯で焼く手作りピザの店「パウダーパフ」で働いています。私が店長をしています。
鹿島槍観光開発が冬の仕事を何か始めたいというときに、こんなお店をやってみたいと私が提案して、それにオーナーが応えてくださったのです。
二十歳過ぎの頃、夏は山小屋、冬はスキー場で働くと決めて以来、同じスキー場で働くにしても、手に職を持って仕事する方が有利だろうと思っていました。何か他人より秀でたものを身につけねばと、料理の道を選びました。
――なるほど、若いときから先を見越して準備していたのですね。
望月さん このお店のお手本は青木湖畔にあった樹安亭さんです。ゲレンデサイドにある家族で気軽に利用できる食事場所というのがお店の基本コンセプトです。
大町で冬に仕事をすると考えたときに、スキー場を切り離して考えることはできません。白馬などで同じお店をやる選択肢もあったと思いますが、やはり大町の地元のスキー場に携わりたいと思い、ここにしました。
――爺ガ岳スキー場での営業に自信はあったのですか?
望月さん 不安はありましたよ。でも、地元の小学校の行事で利用されていたり、初めてスキーやソリ遊びをしたのが爺ガ岳という市民の声を多く聞いたりするにつけ、商売的にはドカッと儲かる場所ではないけれど、地元に愛されてずっと続けられる場所ではないかという思いはありました。
開けてみると週末を中心に地元のお客さまがしっかり来てくれます。平日は団体さんがいないと少し寂しい感じのときもありますが…。2月中旬までは良いですが、それを過ぎるとお客さまが減ります。そのギャップをどうやって埋めて行くかを考えるのが、これからの仕事ですね。
――メニューのこだわりを教えてください。
望月さん 作り手よがりで出すより、お客さまに合わせてメニューを変えていこうと思っています。例えばご家族で来られて、お父さんはカレー、お子さんはピザ、お母さんはパスタみたいな想定をしているのですが、お父さんのカレーを子供たちが分けてもおいしく食べられるような、辛さを控えるというより、野菜をたくさん使った甘口のカレーに仕上げたり、ピザのトッピングにも家族で楽しめるものを意識したりしています。
また、ピザは昼時に集中するお客さまに1枚でも多く提供したいので、あらかじめ半分焼成した状態で冷凍保存しています。ただし、そこに至るまでには種生地から起こして手作りを貫いています。
原さん せっかく冬の間ピザを焼いているので、種池山荘でも登山者に召し上がっていただけるよう、9月には期間限定でパウダーパフのピザを出しています。お店で作って冷凍したものを山荘に運び、盛り付けして焼いています。山小屋では珍しいメニューなので好評です。これからは、シーズンを通して提供できるようにしたいと思っています。
――冬の間も社員として雇用されているということですね。
原さん 年を通して1つの会社で雇用されているというのは、やはり安心感はありますね。オーナーがしっかり考えてくれていますので、ありがたいことです。観光業は、長野県の代表的な産業ですよね。そこに従事する人たちの労働環境が少しでも向上してほしいと願っています。山小屋としても、新しいスタッフにせっかく仕事を教えても次の年にまた来てくれるかどうかは分からない。通年で一緒に頑張っていければ山の仕事の安定にもつながると思います。
――大町市の地域資源の魅力についてお聞かせください。
望月さん 鹿島槍は大町に来た人がまず目にする山です。山容の良さだけでなく、東西南北とも非常に展望の良い山なんです。剣岳の展望台として登る人も多いですね。大町から白馬へとつながる縦走登山も大きな魅力です。
大町市は、手に届く距離に山やスキー場があるけれど、住むところには生活に困るほど雪が降らない。特に県外から来た雪の生活に慣れていない人にとっては、ちょうど良い距離感の場所だと思います。
原さん やはり大町は自然が素晴らしいですね。アルペンルートがあるおかげで登山道へのアクセスが良いのもありがたいです。
山に関して言えば、親父さんが昭和30年代から開削を始め、41年に開通した柏原新道は非常に歩きやすい登山道と言われ、種池山荘から小一時間で登れる爺ヶ岳は北アルプスの入門登山に最適です。また、新越山荘から針ノ木山荘への道は、花も多く、黒部湖や剣岳も良く見え、距離は長いですが山慣れた方にはお薦めです。
――今後の取り組みについて教えてください。
望月さん パウダーパフについては、単にスキー場の一施設ではなく、爺ガ岳スキー場においしいピザ屋があるから行ってみようというような魅力的な店にしていきたいですね。
山小屋については、国立公園の第一級の場所でお客さまをもてなす山小屋を預かっている責任を感じています。これまでと変わらず維持管理を続けて、次の世代も同じように山を楽しめる環境を残していきたいですね。人間が入山する悪影響を完全に防ぐことは無理にしても、できるだけ遅らせて、今の状態を維持し、これからもずっと自然を楽しんでもらえるようにしていきたいです。
――最後に市民の皆さんに伝えたいことをお聞かせください。
望月さん 山の魅力に引かれて県外から来た者としては、こんなに身近に山やスキー場があるのに、地元の人はそんなに親しんでいないことをもったいなく思っています。地元の方にも、眺めるだけでなく、もっと実際に足を運んでほしいです。お待ちしています。
原さん 望月さんと同じです。地元の人にも良い所があるよって知ってほしいです。住んでいると見逃してしまうものがある。県外出身者から見ると大町には素晴らしい場所がたくさんあるので、ぜひ出掛けてみてほしいですね。
企業情報
- 組織名
- 有限会社 鹿島槍観光開発
- 代表者
- 柏原 一正
- 創業
- 平成51年4月
- 郵便番号
- 〒398-0001
- 住所
- 長野県大町市平5328
- 電話番号
- 0261-22-1263
- ファックス
- 0261-23-4542
- Eメール
- ー
- ウェブサイト
- http://www.kasimayari.jp/
次回は「夏秋イチゴを栽培する等々力農園」を紹介します。
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