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(2009年7月1日更新)

国宝 仁科神明宮

 

 このお宮は、平安時代の終わりごろ、伊勢神宮領仁科御厨(伊勢神宮の庄園)を守るために、この地方の支配者である仁科氏により祭られました。以来、千年以上にわたり20年に一度の遷宮(式年造営)が行われてきました。現在の建物は江戸時代のはじめのものですが、わが国古来の「神明宮」の様式を正確に伝えていることから、本殿、釣屋、中門は国宝に指定されています。

 社宝としては、室町時代初めの永和2年(1376)から現在までの遷宮のようすを伝える棟札や鎌倉時代に造られた銅製の懸仏(仏は神が姿を変えたものとする神仏習合の考えから御正体ともいいます)、銅鏡、社印などが多数残されており、このうち胸札27枚と懸仏5面は、国の重要文化財に指定されています。

 また、参道脇の大杉をはじめ、スギ、ヒノキなどがうっそうと茂る境内にや周辺の森(社叢)は、県の天然記念物に指定されています。江戸時代の終わり頃、江戸城本丸普請のために、御神木を伐採しようとしたとき、近所の人々が団結して反対運動を起こし、幕府に直訴してこの森を守ろうとしました。今、緑豊かな境内にたたずみ、拍手を打つとき、一瞬の静寂が私たちを遠く古代へと誘うでしょう。

 

 

○二十年に一度の式年正遷宮祭    平成11年(1999年)実施  次回予定 平成31年(2019年)

 式年遷宮については、伊勢の皇太神宮にならい二十年に一度社殿の造営を行い遷宮祭を行ってきた。

 南北朝の永和二年(1376)から造営棟札(左記写真)は、すべて保存されている。このように600年を超える長い間一度も欠かすことなく奉仕されその記録を遺してきたことは、全国に例がなく、江戸時代末の安政三年(1858)までの27枚は国の重要文化財に指定されている。

 祭りは、社殿の造営修理のあいだ仮宮にお遷りいただいていたご神体を本殿にお遷しする儀式で、深夜の闇のなか、神官・氏子によって厳粛に執り行われるが、氏子をはじめ近郷近在から大勢の男女が神の御啓示にあづからんと、にぎやかに相集う祭りである。                                      (仁科神明宮社務所発行パンフレットより)

                          

仁科神明宮作始め神事(県指定無形民俗文化財)

 平安時代末頃伊勢神宮の御厨が設定され、仁科六十六郷の総社といわれてきた仁科神明宮で、伊勢神宮の祈年祭(としごいのまつり)にならって行われている神事で、3月15日に奉納される。「作始め神事」と称し、鍬初めから苗代づくり・種播き・鳥追いまでの稲作りの模倣が、神楽殿内を1坪の広さに仕切った中で行われる。氏子区域の北木戸・中木戸・南木戸から青年男子が神楽員となり、白上衣に紺縞の袴、白足袋の装束で田人(たうど)の役をつとめる。

          

 

○仁科神明宮の社叢(天然記念物)

   仁科神明宮を囲む熊野杉の美林。指定区域の面積は19,257.78m2。

 

仁科神明宮の神楽(無形民俗文化財)

    

 

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