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現在位置:HOMEからリオデジャネイロオリンピック応援記 その4(平成28年9月)
更新日: 2016年9月30日

リオデジャネイロオリンピック応援記 その4(平成28年9月)

○表彰式、晴れやかな表情で
 希望さんはリオに出発する前に、オリンピックで必ずメダルを取るよう頑張りますと語っていました。しかも、報道陣の質問に答えて、プレッシャーに負けないためには、プレッシャーを意識しないようにするのではなく、むしろ自分にプレッシャーを掛けるようにして、それにも負けないようにしようと思います、と言っていました。すごい気構えだと思います。長い間の夢が一つ実現しました。
 19日に行われ表彰式では、希望さんはいつもどおりに穏やかな表情で入場してきました。そして式典の間じゅう、この表情が曇ることはありませんでした。希望さんは、きっと試合で戦って銅メダルを決めたいと思っていたに違いありません。そして、もっと大きな夢を実現する決意を胸に、どんな気持で右端に掲揚された日の丸を仰ぎ見たのでしょう。目の前で粛々と進む表彰式の厳粛な雰囲気の中で、冷静に次のステップのことを思い描いている希望さんの気持が私には見えました。
 表彰式のあと、ユニシスの選手の皆さんが揃って宿舎にやって来て、玄関前の広場は、華やかな花が咲いたようにぱっと明るくなりました。高橋、松友選手の金メダルを写真に取ったり首に掛けてもらったり、和やかな雰囲気の中で交歓が始まりました。
 ほかの選手たちに少し遅れて到着した希望さんは、さわやかな表情を浮かべ、まずご両親や姉の未来さん、兄の大生さんにご挨拶。私が2020の東京を目指して頑張ってねと小声で言うと、希望さんは小さく頷き手を握り返していただきました。そして、ずっしり重いメダルをなんと私の首にも掛けてくれるではありませんか。希望さんが血のにじむような努力を重ねた結果です。メダルに神聖さを感じ、写真を一枚とってもらうとすぐに首から外し、希望さんの手にお返ししました。希望さんが掛けてくれたときに、重いですよ、とおっしゃいましたが、私は夢中でしたからその重さをよく思い出せません。帰ってきてから聞きますと、メダルは直径8.5センチで重量が500グラムもあり、ロンドン大会より100グラムも重いそうです。確か長野冬季オリンピックでは、日本を代表する工芸の木曽の漆器をあしらい、セイコーエプソンの精密金属加工技術を駆使し文字を刻印した257グラムのメダルでしたから、希望さんのメダルはほぼ倍の重さです。
 この重さには、単に物理的な意味があるのではありません。アスリートにとって、オリンピックのメダルは、栄光と名誉の証であるとともに、紛れもなく汗と努力の結晶です。その本当の価値というものは、これを手にした希望さん以外の人には知ることはできないと思います。

 しばらくの間、3位決定戦を戦うことなく終わったことを話題にするのを誰もが意識的に避けていましたが、希望さんの気持はもう次の目標にしっかりと照準を合せていたのでしょう。その最も象徴的な発言は、大町市内での祝賀パレードの翌日、県庁にメダルの報告に訪れた際、阿部知事から、「もう一試合やりたかったのでは?」と聞かれ、こういう結果は「東京に向けてはいい終わり方だと思います。」と、不完全燃焼もポジティブにとらえたと、地元の大糸タイムス紙が伝えていました。至言です。そして希望さんのこの言葉は心に染みてきます。

■8/19表彰式 銅メダルの授与を受ける希望さん


■8/19表彰式の後、希望さんはじめ、ユニシス選手団が宿舎を訪問、交歓。約1時間半後に慌ただしく空港に向かう


■表彰式の後、応援団の宿舎前で
 希望さんは、これからさらに大きく世界に羽ばたく選手として挑戦を続けていきます。これまで多くの人々に支援いただき、トップアスリートとしてここまで上り詰めてきました。4年後の東京オリンピックまで、まだまだ道のりは続きます。
 私は、希望さんが仁科台中学を卒業し大宮東高校に進まれたとき、選手として大成するには、優れた指導者がいて、なおかつ競いあう仲間が身近にいる環境が不可欠と、頭では理解していたものの、正直、心の中では一抹の寂しさを禁じ得ませんでした。
 しかし、希望さんがオリンピックに赴く直前に大宮で開かれた激励壮行会の折、会が始まる前に、希望さんのこれまでの歩みを、朝までかかって編集したお父さんのビデオが上映され、私の考え違いに気づき、大いに恥じました。私の心の中に残っていた、希望さんが連れ去られてしまったような考えは全くの見当違いで、大町の指導者の皆さんが素質を見出し、基礎をしっかり磨いていただいたあと、世界に羽ばたく選手に育てていただき、一番お世話になったのはまさしく大宮の皆さんであったことに、恥ずかしながら初めて悟りました。とりわけ、大宮東高校の監督を務められ、下宿させていただきご家族で希望さんを育てていただいた大髙史夫先生や奥様、また、現在後援会長を務められ当時校長として応援していただいた河本弘先生には感謝の気持でいっぱいです。
 当日、激励壮行会の冒頭、ご挨拶に立った私は、たった今気づいた自分の不明を恥じ、大宮の皆さんに率直にお詫び申し上げ、その上で心から御礼の言葉を述べました。

 2020年の東京オリンピックに向けて、4年という年月は長いようで短く、短いようで長い期間です。念願だったメダルに手が届いたことで、「これまで育ててくれた大勢の人たちに恩返しをする」という目標は実現しました。これからは、お父さんのアドバイスのように、自分自身のために一心不乱に進んで行って欲しいと思います。日々弛むことなく、一日一日、この道のりを強い意志で歩んで行くその先に、もっと大きな夢が必ず叶うことを心から願っています。
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