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私の高度情報化(その1)

 最近の情報化の進展は、とみに急速です。日進月歩で進化すること自体、もう当たり前の時代で、進展などという言葉さえ陳腐な世界になっています。ところが悔しいことに、私はこうした情報化の進展に追いついていくことができず、すっかり乗り遅れてしまっています。同世代の仲間が、最新の機器を流暢に操っている姿を見ると、ちょっと寂しいものを感じます。県市長会の会合などでも、机上にコンパクトなパソコンを開き、画面に視線を落としながら発言する市長さんの姿は本当に格好よく、密かにうらやましく思っています。

 先日の新聞報道では、母親がスマートフォンを使っている2歳児について調査したところ、なんと22.1%の幼児が、ほとんど毎日スマホで遊んでいるという結果が出たそうです。乳幼児向けのアプリやアニメ動画などが急速に普及していることが背景にあるようです。

 私自身の情報化は、携帯でいえば、公と私2つの番号を一つの機器に乗せる2in1がせいぜいで、すでに世間では当たり前、乳幼児でさえ手にしているスマホも使いこなすことは到底できそうもありません。たぶん買ったとしても慣れることが億劫なのでしょう。ましてや、今はやりのタブレットなどは私にとっては夢の世界です。

 もちろん仕事でも家でもパソコンは使ってはいますが、公職に就く前に学び始めたパワーポイントが中断したままで、メールやインターネット検索など初歩的な使い方が精いっぱいというのが実情です。情報敗者とは認めたくないものの、情報弱者であることは認めざるを得ません。

 情報化社会とは、コンピュータを中心とした情報通信システムの利用が、広く市民生活や企業活動に浸透した社会をいうそうです。確かに今日、私たちの暮らしにはなくてはならないものであることに異論はないでしょう。そしてまた、情報化とは人々に幸せをもたらすものであるはずです。

 ところで、皆さんは携帯電話を操作するときに、たぶん左の片手だけで、親指を使ってキーを押しますよね。親指を器用に手のひらの内側に曲げて、上下左右に指先を走らせます。私にはこれがうまくできません。無理にすると、指がつってしまいそうで心配です。
 考えてみますと、指としても今までこんな使われ方はなかったことでしょう。このような親指の動作は、人類の骨格の発達史上画期的というべきことで、指の進化の新たな局面です。この先、あと100年もしないうちに、人間の親指はどんどん細長くなって、きっと中指と同じくらいになるのではないでしょうか。
 しかし、我が手をじっと見つめたところで、この親指が伸びてくれる気配はありません。情報化はこのうように、一方で私のような一部の人類を不幸にしていくのは確かです。情報化に付いていけない人がそのまま弱者になってしまうことは、残念なことです。

 さて、振り返ってみますと、私個人の情報化の馴れ初めはずいぶん昔のことでした。県職員として人事委員会に勤務していたとき、担当していた職員採用試験の採点システムを電算化することになり、コボルのプログラミング研修を受けたところから始まります。その後の開発では、専門のシステムエンジニアにお任せしてシステムは完成したのですが、電算処理のスピードの速さに圧倒されました。その一方で、光学読取り装置の微妙な判別具合の調整に苦心したものでした。

 稼働試験の段階では、答案用紙のマークシートの鉛筆の濃さやマークの仕方によっては読取りがうまくいかず、感度の調整に神経を使いました。なにしろ、採用試験は受験する人にしてみれば一生にかかわる問題ですから、おろそかにはできません。マークシート方式による最初の採用試験が終わり、電算による初めての採点が終わった時には、本当にほっとしたのを覚えています。
今の時代、大学入試のセンター試験などで、このマークシートがごく当たり前のように定着しているのが不思議に思えてしまいます。

 次に自分の情報化問題に遭遇したのは、昭和60年のことです。自治省財政課に派遣され、地方財政計画の担当の一員として投資的経費を積算するのが私の仕事でした。その年は、国の財政逼迫の影響をもろに受け、その後何回か続くことになる財政負担を地方に転嫁する最初の危機、国庫補助率の一律削減問題が勃発した年で、削減の影響額を算定し地方財源を確保するための作業が発生したのです。何しろ、補助金全盛時代のこと、地方行政に関する全省庁所管の補助・負担金の、省庁、費目、補助率ごとの削減見込み額などを積み上げるために、計算表を電算に打ち込む膨大な作業です。気が遠くなるほどでした。

 課に1台だけ配置されていたのはNECのオフコンで、不幸なことに私は機械に向かうのも初めて、触るのももちろん初めてで、一昼夜で何とか操作をマスターしなければなりません。上席の主査に操作のあらましをご指導いただき作業を始めたのですが、真夜中に突然、画面が動かなくなってしまいました。すでに周囲には誰もいず、途方に暮れるばかり。

 結局トラブルの原因は、0(ゼロ)とO(オー)を打ち間違えていただけなのですが、数字を打ち込むカラムに文字を打ち込んでも、自動の計算式が動くわけはありません。それにしても、キーボードの配列で、なぜ0とOをわざわざ斜め上下の隣あう場所に置いてあるのでしょう。逆恨みではあるものの、今でも納得がいきません。それからは、数字を打ち込む作業では、必ずニューメリック専用のテンキーボードを使うようになりました。

その後、県庁に戻ってしばらくはワープロ(この語も死語になりかけていますが)の時代で、率先して便利に使っていましたが、この時代もそう長くは続きませんでした。次いで職場に普及したパソコンは、エポカルク、エポワードなどのいわゆるエポシリーズを搭載した大変重いしろものでした。しかし財政畑での勤務が長かった私には、数表を用いての計算は日常茶飯事のこと、この機械でずいぶん作業効率が上がり、分析や管理用の資料の作成がはかどるようになったことは、情報化の進歩を実感する出来事でした。

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庶務課秘書係 内線 507
E-mail: hisyo@city.omachi.nagano.jp

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