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大町市。北アルプスの麓、信濃大町。 
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現在位置:HOMEからあ、海だ!(平成21年10月)
更新日: 2011年10月7日

あ、海だ!(平成21年10月)

 信州は、言うまでもなく山国です。四方を山に囲まれて海はありません。海はなくとも、水清らかな湖や大きな川がいくつもありますが、海と比較できるわけはありません。
 私は常々、信州人は海に独特の感情を抱いていると思っています。それは「慕情」といっても良いほどの心情で、単に身近にないものに対する憧れにとどまらず、もっと深いもののように思います。海のない長野県民にとって、海は非日常の風景であるばかりでなく、暮らしの中でも海を遥かなものと意識せざるを得ず、県民の精神性にも少なからず影響を及ぼしているのではないかとさえ思います。

 その証拠に、県外に出かけて最初に海の景色が目に飛び込んできますと、無意識のうちに、「あ、海だ。」とか、「海が見える。」と声を発してしまいます。水平線が穏やかにかすむ大海原、波頭が白く泡立つ荒海、いずれの海も信州人には心に染みる光景です。
 私は学生時代、東京で暮らしましたが、仲間と海辺に出かけ海を目にした時に、思わず、「あ、海だ!」と叫び、仲間からは「それがどうした。」と、奇異の眼差しを投げかけられた記憶があります。故郷に帰り家庭を持ってからも、子どもたちと遠出して海が見えると、必ず、「海が見えるよ。」と声をかけました。こども達も、「あ、ほんとだ。海が見える。」と素直に応じてくれたものです。

 長野県民ならほとんどの人が歌える県歌「信濃の国」に、「海こそなけれ、物さわに」と歌われていますが、その歌詞のとおり長野県は産物は豊かですが、海産物はやはり海から持ってこなければなりません。例えば、古来から生活必需品である塩は海辺からやってきます。大町でも日本海からの塩を商う塩問屋が栄え、その店舗が今でも塩の道博物館として保存され、大勢の観光客が訪れています。また、毎年2月には商店街で恒例の「アメ市」という伝統行事が開かれますが、これも年の初めに開かれた「塩の市」が起源といわれ、塩俵を形どった飴が今でも売られます。

 大晦日のご馳走に「年取り魚」がありますが、信州では普通ブリが用いられてきたようです。一般に年取り魚は、糸魚川静岡構造線を境に大きく分かれていて、東日本ではサケ、西日本ではブリと言われます。昔から、越中氷見で水揚げされた鰤は「越中ブリ」として各地に出荷され、そのうち、糸魚川から塩の道を運ばれ大町に入ったブリは「糸魚川ブリ」と呼ばれたそうです。

 長野県の北半分の地域では、海水浴には日本海に行くことが多く、夏には新潟の海岸は「信州の海」と呼ばれ、賑わいます。私も小学校の臨海学校では糸魚川、能生海岸に行きましたし、長じて長野市に住むようになってからは、上越の直江津海岸に子どもたちをよく連れて行きました。毎年夏には必ず1回は海に連れて行かなければなりません。夏休みの恒例行事をこなさないことには宿題の日記が書けないのです。

 今年の海のシーズンは終わりましたが、この夏は比較的涼しく、雨続きの日が多かったため、海水浴に行った方は少なかったのではないかと思います。先日お会いした糸魚川市の米田徹市長さんは、この夏は海水浴客が激減し、浜茶屋もさっぱりだったと残念がっておられました。来シーズンこそは、天候に恵まれるとともに県内外の景気の回復も重なって、大賑わいの海となることを願っています。
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