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スキーを好きになって(平成19年3月)

2月18日、サンアルピナ青木湖スキー場で、市民スキー大会が開かれました。朝はあいにくみぞれ模様でしたが、参加した大勢の選手の皆さんの「気合」で天気は回復し、まあまあのコンディション。開会式に続いて、競技が始まり、選手たちは次々とスタートを切っていきました。私もスキーを担いで行っていましたので、開会式でご挨拶をした後、さっそくリフトに乗って上を目指しました。今年2回目のスキーです。やや重めの新雪の中を四苦八苦、汗をかきながら滑り降りました。

 3回目のスキーは、その翌週25日に、県下19市の職員のスキー競技大会が茅野市車山スキー場で開かれ、その応援に行った折でした。大会では、我が大町市チームは見事5位に入りました。仕事に追われ、練習もままならなかったと思いますが、さすがです。前夜遅くまでの綿密なミーティングも功を奏したのでしょう。私は、ここでも競技には出場しなかったのですが、チームの仲間の皆さんと一緒に滑りました。
 
 実は、私は小さい頃からスキーが好きで、よく兄とともに父に連れられて行っていました。その頃、昭和30年代の前半は、まだスキー人口もそう多くなかったのですが、数少ないスキー場はそれでも結構にぎわっていたように思います。
 バスに乗って、よく大町スキー場に連れていってもらい、時にはスキー場の脇にあった小屋に泊まって楽しんだこともありました。当時、大町スキー場には正面の「表山」のゲレンデにただ1本のリフトが掛かっていて、子供たちにとっては、「中山の壁」と呼ばれていた正面の急斜面をうまく滑り降りるのが夢でした。

故郷を離れて、東京で学生時代を送っていた時も、時々大町に帰って来ては楽しんでいました。就職して長野市まで戻り、昭和51年3月にはバッジテストに挑戦し、1級を取りました。結婚をして子どもが生まれてからは、待ちきれずに4歳頃になると、しょっちゅうゲレンデに連れて行き、いっしょに滑りました。2人の娘たちは、年頃になると父親とはあまり行動を共にしなくなりましたが、それでもスキーだけは、よく一緒に行ったものでした。

 大町の冬を楽しく過ごすには、何といってもウインタースポーツに親しむに限ります。皆さんも冬を好きになって、スキーやスケートを大いに楽しみましょう。
 私は、今、子供たちが進学で故郷を離れて以来、気軽にスキーに行ってくれる人もなくなり、加えて、仕事に追われスキーどころではなくなってしまいましたが、なんとか時間を取って、気分転換をと思うこの頃です。

 

 
2月28日 市長室にて

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