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大町市。北アルプスの麓、信濃大町。 
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現在位置:HOMEから弓の話(平成19年2月)
更新日: 2007年2月23日

弓の話(平成19年2月)

 今、私の手元に、表紙に「弓道帖」と書いた1冊の真新しい大学ノートがあります。最近始めた弓の稽古の記録をつけるために作ったノートです。
 昨年の夏、故郷大町に帰ってきて、たまたま住むことになった家の、ほんの目と鼻の先の運動公園に市営弓道場がありました。高校時代から私はずっと弓道をやっていたのですが、こんなに近くに弓道場があったのだと改めて思い返し、意を決して、20数年ぶりに、再び稽古を始めることとしたのでした。そして、その稽古の記録を自らの覚えとして、このノートに付け始めました。今はまだ、埋まっているのは2ページにも満たない、わずかな分量ですが、この先ずっと稽古に励み、ノートが何冊にもなることを心密かに期しています。

 古い話になりますが、大学を卒業して長野県庁に勤務するようになった昭和49年の春、県庁の弓道部に入り、仲間とともに弓の稽古に勤しんでいましたが、その後、異動で財政課に移り、仕事が忙しくなったこともあって、弓からは遠のいていました。
 昨年の8月16日、弓を担いで初めて道場に伺って入門させていただいてから半年が経ちますが、それから道場に通ったのは、このノートを見ますと6回だけですから、平均して月に1度ということになります。仕事の合間をぬって、空いた時間を見つけては道場に通うという、何とも心もとない状況ですが、昔稽古したことを思い出しながら、途中で諦めることなく続けていきたいと思います。

 振り返って考えてみますと、弓を最初に始めたのは、大町高校に入学した昭和42年の4月でした。当時まだ大町高校には弓道部はなく、仲間同士が集う弓道同好会でした。私達の学年が1年生の時に、先輩には3年生が5人だけで、手ほどきを受けながら弓を始めました。
 
当時、市の弓道場は、東町の現在の県合同庁舎の南あたり、市公民館の一角にあり、こじんまりした道場でした。九日町にお住まいの、千村万次郎先生が師範として私達をご指導くださいましたが、千村先生は人間性豊かな、とても素晴らしい指導者で、穏やかな人柄の中にも厳しく弓の道を究められた方でした。先生には、文字通り、手取り足取りお教えいただきました。当時の弓の仲間とは、未だに永い付合いをしていますが、集まる度に千村先生の思い出話に花が咲きます。先生は、先年、94歳というご長命で他界されましたが、今でもやさしい笑顔が脳裏に浮かんできます。

 私の高校時代は、今思い出しますと、弓が学校生活の原点といってもよく、日々の中心に弓道の稽古があり、勉学はどちらかと言うと、従というような毎日で、勉強そっちのけで仲間と稽古に励んだものでした。その甲斐もあり、3年生の時に、同好会が弓道部に昇格でき、その年に全国大会、福井国体に出場しました。その後、私達の次の代や、さらにその次の3年間、続けて全国大会に出場を果たすという、弓道部にとって輝かしい時代が続きました。
 その後、弓に明け暮れた、いわば罰が当たって1年浪人をしたあと、大学へ進み、大学でもまた弓道部に入って、3年生まで弓の稽古を続けたものでした。こうして随分弓道に打ち込んできたものの、仕事が忙しくなり、やむを得ず弓を断念してからも、弓のことは脳裏からは消えず、やがてまたいつの日にか、この世界に戻りたいということを漠然と考えていました。

 そもそも、日本の弓というものは、道具としては仕組みが意外に複雑なこともあって、簡単には当たらないようになっています。少し説明が厄介なのですが、弓を引絞り、矢を放つために弦(つる)を離すとします。これを射手の真後ろから見ますと、弓の弦は弓の幅の中央に向かって戻っていき、その動きにつれて矢は弓の右縁を擦りながら押し出されるために、どうしても矢が右側にスライスしてしまいます。それを狙った的のほうに矢を真直ぐに発射させるためには、弓を握りながら矢を放つ瞬間に、捻(ひね)るという動作が必要になります。そのための弓の握り方を「手の内」と呼んでいますが、この握り方が非常に難しいのです。ですから、弓の初心者はその弓の構造の複雑さに起因する、こうした弓の握り方を習得するのに随分苦労するものなのです。

 この初歩の段階が過ぎて矢が的に的中するようになると、次第に面白くなり、さらにその上を目指して修行を続けることになります。しかし、一本調子で上達していくとは限りません。弓というのは自分との闘いで、なかなか思ったように引けない時には、精神的にも落ち込んだりする、普通のスポーツとは少し違ったところがあります。根気強く、毎日苦労をしながらも自分なりに工夫して稽古を積み重ねていくことが大切で、その先には必ず稽古の成果が現れます。自らの成績は自らの努力の結果という厳然とした事実がある一方、責任は他に転嫁できない、自らが全ての結果責任を負うということになります。ここに武道としての厳しさもあるわけです。

 今年の正月7日、新年初射会が開かれました。私は仕事で少し遅れて道場に駆けつけ、急いで稽古着に着替え、袴をつけて、一緒に射会に加わらせていただきました。高段者の先生方に混じって、しんしんと雪が降る中、凛とした気持の張り詰めた道場で、今年最初の弓を引きました。今年1年、時間の許す限り、稽古に励むぞと、改めて心に誓いました。

 38年ぶりに、この生まれ故郷の大町に帰ってきて、新しい仕事に就き、新たな環境の下で、昔打込んだ弓の稽古に再び戻るのは、何か不思議な縁を感じます。日々の忙しさの中で、自分の時間を取り戻す、そんなひと時をこれからも大事にしていきたいと思います。

129日 市長室にて

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