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大町市。北アルプスの麓、信濃大町。 
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現在位置:HOMEから7月豪雨災害に思う(平成18年8月)
更新日: 2006年8月22日

7月豪雨災害に思う(平成18年8月)

 地球温暖化の影響でしょうか、近年、気象の変動が激しくなって、雨の降り方なども極端になった気がします。今年の7月豪雨災害で、大町市では、7月19日までの72時間雨量で194ミリメートルを観測し、これは昭和58年9月の175ミリメートルを大きく上回り、観測史上1位となる記録的な大雨となりました。

 7月15日午後4時40分、大北地域に大雨洪水注意報が発令されました。今年の梅雨明けは例年に比べ遅れそうで、梅雨末期の豪雨が心配されていましたが、空を見上げても、雨は一向に落ちてくる気配はありませんでした。でも、その時すでに、国土交通省大町ダムでは、今後予想される大雨を想定して、放流によりダムの水位を下げ、貯水量をあらかじめ減じておくことを検討していたのです。午後8時40分、大町ダムでは、放流量を毎秒36トンから80トンに増加させました。結局この放流量は、翌々日の17日には最大の190トンにも上ることになりました。

 17日、朝8時23分、今度は大雨洪水警報が発令され、大町では雨が降り始めて、犀川の増水が始まり、11時50分には、信州新町地籍の弘崎水位観測所で警戒水位を超える3.52メートルとなりました。市では、新たに大町市となった八坂地区の犀川沿岸部を中心に、消防団による河川巡視を強化し、水位の上昇に最大の注意を払いました。その頃、県道が倒木により一時不通になり、また、明けて18日早朝には市道の路肩が崩落するなど、災害が発生し始めていました。

 前週金曜日に市長に就任したばかりの私は、翌週早々のこの日、県庁へ伺い、午前中で知事以下の皆さんに挨拶回りを終え、急ぎ大町へ戻りました。
 雨が降り続く中、犀川沿岸で警戒活動を開始し、午後7時には特別警戒水位の4.40メートルを超えたため、7時58分、大町市災害警戒本部を設置し、関係部課長を招集して住民避難について協議を始めました。その結果、今後さらに水位が上昇して避難勧告を行う事態を想定し、想定危険水位を7.0メートルとして、その水位に到達が予想される2時間前に住民に避難勧告を行うことを確認するとともに、8時26分、念のため八坂地区への警戒の広報を開始しました。現実にはこのわずか数時間後に、勧告を出すことに至りましたが、あらかじめ勧告に踏み切るための想定水位を設定しておいたこと、また、地区住民の皆さんへ、今後避難勧告の可能性があるので、市からの広報に留意いただくようお知らせしたことは、危機管理上、円滑な避難誘導のために極めて有効な手立てでありました。

 深夜11時、大町ダムでは、洪水警戒態勢をとり、一方ずっと下流の八坂地区舟場の住民は自主避難の準備を始めていました。私も0時過ぎにいったん自宅に帰ったのも束の間、19日午前1時、住民の皆さんの自主避難が始まったのを受け、直ちに市役所に戻り、1時20分、警戒本部に替えて災害対策本部を設置し、直ちに避難勧告を発令しました。
 4時には全消防団員を招集し、警戒態勢を強化するとともに、明るくなるのを待って、5時半、避難されている八坂地区の皆さんのもとへ激励に伺いました。舟場、野平の集会所には、5世帯15人が避難して不安の一夜を過ごされていましたが、夜明けを迎え、日赤奉仕団の皆さんの炊出しや、消防団員の警戒活動により、ほっとした表情を見せていました。

 しかし、犀川は上流で木々を巻き込みながら真茶色の奔流となって流れ下り、時折激しい波しぶきを堤防の上に吹き上げています。川岸の家では、石積みの上に築かれた土蔵の裾が波に洗われていて、あとわずかこの雨が続けば、間違いなく激流が家や田畑に襲いかかり、瞬く間に流し去ってしまうだろうと思い、背筋が冷たくなりました。私はただ、猛威を振るう自然の力の前に、人間の無力さを感じるばかりでした。

 この19日朝、JR大糸線、信濃大町〜南小谷間が運休になったほか、国道19号線が通行止め、10時30分、犀川は、弘崎観測所で水位7.76メートルの最高値を記録しました。この後、降雨の弱まりにつれ、水位は徐々に下がり、午後4時半、災害対策本部は避難勧告を解除し、住民はそれぞれ安心して家に戻りました。

 大町ダムでは、下流の水位の低下を待ち、ようやく午後10時50分、放流量を毎秒50トンから180トンに増加させ、ダムいっぱいに蓄えていた貯水を吐き始めました。その時まで、高瀬川上流の国土交通省大町ダムと東京電力高瀬、七倉ダムの3つのダムが連携して流量調節を行い、下流の水位上昇を抑えていたのです。この豪雨で、3ダムへの流入量は毎秒最大408トンにも上りましたが、放流量を50トンに抑えたことにより、差し引き毎秒358トンもの調節を行ったのです。結局、大町ダムだけでも総量1,260万トンを貯留しました。

 こうした一連の適切なダム操作のおかげで、犀川流域では最終的に堤防決壊の危機を免れることができ、また、ダムが整備されるまで何度も洪水に見舞われた大町市街地の西側の高瀬川でも、この豪雨の中、氾濫を見ることもなく、市民は川に不安を抱くことなく終始しました。
 今回のダムの特例的な運用は、下流の水位が避難を判断する特別警戒水位を超え、人命、財産の危険が予想されたため、河川管理者からの要請があり、その後の気象予測や、ダムの洪水調節容量などを綿密に検討したうえ執られた措置でした。また、本来、洪水調節を目的としない発電ダムの全面的な協力が得られ、これら3つのダムの運用効果があいまって、地域を災害から救うこととなったのです。

 今回の豪雨を振り返ってみてしみじみ思うのは、公共事業など防災上万全の対策をあらかじめ講じ、人のなすべきことを尽くし、そのうえで天災を待ち構えるという、まさに、「人事を尽くして天命を待つ」ことの大切さでした。過去の度重なる水害を乗り越えるため、地域の熱望に応えて、自然の猛威に向かって敢然と立ち上がり、ダムの建設を実現した先人のご尽力と、今日その機能を最大限に発揮するよう運用されている方々のご努力に対し、心から感謝と敬意を表したいと思います。
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